法人沿革History

  • 昭和2年「釧路養老園」
    設立当時の役員

  • 昭和2年「釧路養老園」に入居中の
    高齢の方々と子どもたち

  • 昭和8年 新築養老園(定員20名)

  • 初代理事長
    内田悟(1894-1960)

大正 13年
2月

現在の紫雲台2番18号に篤志家塚野公二郎の善意によって建てられた通称「情けの宿」に、内田悟(釧路市役所社会係主任)が関わり始める。

昭和 2年
10月

初代理事長内田悟が主唱し、塚野公二郎らとともに生活困窮者のため「釧路養老園」(養老・児童養護・宿泊事業)を創設する。

昭和 4年
8月

釧路市立病院院舎の一部払下げを受け、「情けの宿」に隣接して木造モルタル平屋洋館風園舎(373m²; 定員20名) を増築する。

昭和 8年
8月

弟子屈御料林の払下げを受け木造モルタル洋館風園舎(267m²余)を増築、同年12月名称を財団法人「釧路社会事業協会」と改める。

昭和 21年
11月

内田悟、体制変更にともない「釧路養老園」の運営から遠ざかる。時局の影響を受け、釧路養老園の事業は不振渋滞に陥る。釧路養老園の悲惨な状態に憤りを感じた内田悟は釧路養老園創立功労者の佐々木長治右衛門や佐藤慶吉の協力を得て、単身施設内に寝泊まりし再建に着手する。

昭和 22年
3月

名称を財団法人釧路同仁会と改め、会長に佐藤慶吉就任する。

昭和 24年
4月

「釧路養老院」、生活保護法による保護施設(定員60名)の認可を受ける。

昭和 25年
8月

弟子屈町の湯ノ島温泉を買収し、老人保養施設「湯ノ島クラブ」を設立する。

昭和 27年
5月

昭和26年3月制定の社会福祉事業法により社会福祉法人に組織を変更、名称を社会福祉法人「釧路養老園」と改め、初代理事長に内田悟就任する。

昭和 27年
6月

「湯ノ島クラブ」、生活保護施設による認可を受け、「釧路養老園」の弟子屈分園(定員30名)を設立する。

昭和 30年〜32年

「釧路養老園」の定員100名の変更認可とともに「湯ノ島クラブ」の社会的役割の終了に伴い、昭和31年11月弟子屈分園を廃止し、本園を増築し(466m²)、翌年2月定員150名の認可を受ける。

昭和 35年
9月

初代理事長内田悟享年65歳で天に召され、永年の功績により法人葬となる。後任に内田実が理事長に就任するが諸般の事情を考慮し12月自ら常務理事に退き、後任に原三郎理事長に就任。

昭和 38年
9月

お年玉配分寄付金、釧路市の補助金等を受け、精神薄弱児施設「ひかり学園」(495m²; 定員30名)を新築、同年10月に事業を開始する。

昭和 39年
4月

「釧路養老園」を「長生園」と改称するとともに、法人の名称を社会福祉法人「釧路愛育協会」と改める。

昭和 42年〜44年

民間老朽整備計画により国、道等の補助金を受け、「長生園」旧館を2ヵ年にわたり666m²と770m²の計1,436m²改築し、定員を200名に変更する。

昭和 45年
10月

日本自転車振興会、釧路市の補助金を受け、精神薄弱者更生施設「鶴が丘学園」(1,580m²; 定員50名)を新築、同年11月に事業を開始する。

昭和 49年〜55年

日本自動車振興会、釧路市の補助金を受け、鶴が丘学園に重度棟499m²、実習棟434m²、389.79m²を増築し、定員を110名に変更する。

昭和 50年
3月

民間老朽整備計画により、国、道、釧路市の補助金等を受け、総工費292,247,000円で鉄筋コンクリート3階建一部ブロック造長生園園舎2,366m²を増築、134m²を改築する。

昭和 51年
6月

理事長原三郎勇退、小林啓一郎理事長に就任する。

昭和 54年
1月

国、道、釧路市の補助金等を受け、「かしわ保育園」(638m²; 定員80名)を新築、同年4月に事業を開始する。

昭和 54年
4月

常陸宮殿下ご夫妻長生園を御視察、金一封を拝受する。

平成 2年
6月

理事長小林啓一郎勇退、伊木繁理事長に就任する。

平成 2年
9月

鶴が丘学園の井戸さく井工事(深度250m; 総工費11,536,000円)を道、共同募金会配分金、釧路市の助成金で実施。

平成 7年
3月

理事長伊木繁勇退、舟崎鎮雄理事長に就任する。

平成 10年
11月

ひかり学園園長内田実、社会福祉事業の永年の功績(障害福祉)により、勲五等瑞宝章を授与される。

平成 11年
10月

理事長舟崎鎮雄死亡により、野口光一理事長に就任する。

平成 15年
4月

鶴が丘学園が支援費制度開始により事業所の指定を受け、施設訓練等支援の知的障害者更生施設、および居宅生活支援の知的障害者短期入所事業を開始する。

平成 16年
10月

鶴が丘学園のグループホーム「すみれホーム」(定員女性5名)の事業を開始する。

平成 17年
7月

鶴が丘学園のグループホーム「葵ホーム」(定員男性5名)の事業を開始する。

平成 18年
3月

社会福祉事業に60年余を捧げた第2代理事長(初代総長)内田実享年82歳で天に召され、永年の功績により法人葬となる。

平成 18年
10月

鶴が丘学園の短期入所事業の指定を受けるとともに、葵ホームをケアホーム(共同生活介護事業所)に変更、鶴が丘学園の定員を97名に変更する。

平成 18年
10月

長生園外部サービス利用型特定施設を開設し介護保険事業を開始する。

平成 18年
12月

長生園の入所定員を措置90名、特定90名、計180名に変更する。

平成 19年
4月

かしわ保育園の定員を90名に変更する。

平成 20年
6月

理事長野口光一勇退、内田守理事長に就任する。

平成 20年
9月

知的障害児施設ひかり学園を8月末日で廃止し、多機能型事業所「ひかり自立支援センター」(生活介護・就労移行支援・就労継続支援B型; 定員30名; 木造サイディング造194.40m²)を新築、旧体育館を作業訓練棟(201.82m²)に改築、「ケアホームひかり」(定員10名; 木造サイディング造335.38m²)を新築し、加えて「ケアホームかがやき」、「ケアホームはばたき」、「すずらんホーム」(各定員5名)での共同生活介護事業を開始する。

平成 21年
4月

長生園園長内田守社会福祉事業の永年の功績(老人福祉)により、瑞宝双光章を授与される。

平成 22年
4月

釧路市より民間移管を受け、「愛光保育園」(613.49m²; 定員90名)の事業を開始する。

平成 23年
4月

長生園の入所定員を措置80名、特定80名、計160名に変更する。

平成 23年
4月

ひかり自立支援センターの定員を40名に変更する。

平成 23年
10月

地域における在宅高齢者に対する介護サービス事業として、通所介護事業所「武佐いこい」(定員13名)の事業を開始する。

平成 24年
2月

社会福祉施設等耐震化整備促進補助事業及び釧路市の補助金等を受け、鶴が丘学園(3,382.72m²; 定員90名)を新築、同年3月に障害者支援施設に移行する。

平成 24年
4月

ひかり自立支援センター就労移行支援事業を廃止し、定員34名に変更する。また、ケアホームかがやきを廃止し、「すみれホーム」「葵ホーム」「すずらんホーム」を愛国西に移転、新設した「はまなすホーム」とともに、総定員22名で事業を開始する。

平成 24年
4月

鶴が丘学園園長奥村清松、社会福祉事業の永年の功績(障害福祉)により、瑞宝双光章を授与される。

平成 26年
4月

指定特定相談支援事業所・指定障害児相談支援事業所の指定を受け、「障害相談支援室鶴が丘」を開設する。

平成 27年
7月

釧路市中部子育て支援拠点センターサテライト(イトーヨーカドー釧路店3階)に愛光保育園が「よちよちひろば新橋」を開設する。

平成 28年
6月

理事長内田守勇退、内田一成理事長に就任する。

平成 28年
11月 30日

理事長内田一成、一身上の都合により退任。新理事長に奥村清松就任する。

釧路愛育協会について